ヴィンテージと身体意識

ワインの味わいを決める要素は以下の4つと言われています。
テロワール(土地)/造り手/品種/ヴィンテージ

味わいを決めるということは、それぞれの要素がワインの身体意識を形成することに影響しています。

今回はヴィンテージについて解説していきます。

ヴィンテージは、葡萄の出来に大きな影響を与えますし、そのポテンシャルで何年先が飲み頃かも違ってきます。

グレートビンテージの葡萄は、身体意識のストラクチャが強く、清々しさ/温かさ/明るさ/柔らかさ/重さなどのクオリティの違いもよりはっきりとしています。

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料理で言うところの素材の良さ、がこれに当たります。やはり良い年の葡萄からは良いワインが生まれる場合が多いですね

<2019年7月15日追記>
グレートヴィンテージのワインは素材である葡萄の出来が素晴らしいため、殆どの場合、ワインも素晴らしいものになりますが、中にはオフヴィンテージ(葡萄の出来が良くない年)でも素晴らしいワインを作る造り手がいます。

ワインの完成度は、テロワール(土地)/造り手/品種/ヴィンテージの総合力で決定します。そのため、ヴィンテージが良くない場合には、よい造り手ほど他の要素でそれを補おうとします。それでも補えないほど良くない年には、そのワインを作らない場合さえあります。

この、補おうとする能力は造り手の能力であり、オフビンテージほど造り手本人の能力が試されると言えるでしょう。

能力の構成要素にはいろいろな分け方がありますが、仮に「具体力」と「本質力」という2系統に分けるとすると、具体力は能力を遂行するための知識や環境、そして本質力は本サイトの中心となる概念である「身体意識」そのものです。能力を構成するこの2系統の要素は、どちらが欠けてもハイパフォーマンスは発揮できません。ものすごい知識や設備があっても、それと見合わないようなワインの造り手もいますし、身体意識が如何に優れていても、醸造の知識や設備が全くなければワインは作れません。

ただし、これはアナログ的な話なので、設備は粗野でも、知識が豊富で身体意識も優れている造り手が素晴らしいワインを作っている例はいくらでもあります。

さて、話をヴィンテージに戻します。
具体例を出すと、シャトー・ムートン・ロートシルトで、グレートヴィンテージと言われるある年のものと、その前年の葡萄の出来が普通の年のもので、識者の間で比較論争が起きたことがあるそうです。具体的な年度は伏せますが、1980年代のことです。
世界的な評価としてはグレートヴィンテージの方の評価が高く、造り手自身の評価ではその前年の方が高い、という面白い状況でした。高岡師範はその両年のワインを飲まれていて、伺った話では、どちらも美味しいがグレートヴィンテージの方は派手で分かりやすい味わいで、その前年は派手さはなく地味だが奥行きがあり深い味わいだった、翌年のグレートヴィンテージワインよりも明確に美味しかった、とのことでした。葡萄の出来を超えた造りになった良い例です。このような事例をみると、よい葡萄が出来なかったからこそ、何とかしなければという造り手のモチベーションが高まり、身体意識も高まった結果、グレートヴィンテージを超えるようなワインが出来上がってしまうこともあり得るということですね。

ちなみに、高岡師範から教えていただいたのですが、シャトー・ムートン・ロートシルトは叩いた胡瓜と合わせると最高にマリアージュするそうです。試しましたが本当によく合いますので、他のワインとのマリアージュにもおすすめです。

他の3つの要素についても解説しています。あわせてお読みください。

テロワールと身体意識

造り手と身体意識

ぶどう品種と身体意識

 

以上のように、ワインの味わいと身体意識について考えていくと、「ワインを飲んだ時、何に感動しているのか」という問いに対し、ひとつの答えとして、テロワール(土地)/品種/ヴィンテージの各要素をまとめ上げた造り手のワインという作品、その身体意識が飲むことによって伝わり、それに感動している、ということが言えます。

造り手の素晴らしい作品であるワインを味わう際、表面的な香りや味だけを分析的に味わうのではなく、まさに自分自身の身体の全細胞で味わう、つまりワインの身体意識を味わうことが、本質的な飲み方と言えるのではないでしょうか?

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